Vol.1エッセイ『私の中華料理店症候群』

アジアの表現者にインタビューを続ける山本佳奈子が、中華圏の文化について、あらためて沖縄から眺めます。

 

チャイニーズ・レストラン・シンドローム

 私がチャイニーズ・レストラン・シンドロームという言葉を初めて知ったのは、5年ほど前、北杜夫によるエッセイ『月と10セント』を読んでいたときだった。日本語では中華料理店症候群と言うそうなので、ここからは、長ったらしくないその日本語表記を使おうと思う。

 

 この胡散臭い名称の症候群は、北杜夫が宇宙船アポロとNASAを取材に訪れた1960年代、西洋社会の一部で話題となったそうだ。ごく簡潔にどのような症状なのかを説明すると、中華料理店で食事をしたあとに見受けられる頭痛やめまい、炎症などを指すらしい。その原因はMSG(グルタミン酸ナトリウム)ではないかと言われている。

 

 たまたま最近、私の周縁でMSGつまりはうま味調味料が話題になることが数回あり、北杜夫による、中華料理店症候群についてのおもしろオカシイ記述を思い出そうとしていた。

 自分の記憶はいろんなところで枝分かれして、あっちとこっちがくっついてそれが絶妙にうまく混ざり合ってリアリティを成し、実像を歪めてしまっていたりする。中華料理店症候群について思い出そうとすると同時に、「あれ、私はもしかしたら中華料理店症候群なのではないか」と疑い始めた。Wikipediaを見てGoogle検索をした。

 

 まず、私は中華料理店症候群ではなかったし、甚だ勘違いであった。実は最近の私は、中国で生活したあの日々の質素な食事が恋しく忘れられずにいて、本場の中華料理や中国茶を摂取できないことにより鬱々とした気分になってしまっていた。沖縄に戻ってきてもなかなか本調子が出ないこの状態を、中華料理店症候群って言うんじゃなかったっけ?!1960年代に学会発表された「中華料理店症候群」とは、「中華料理を食べていないと体と精神に不調が出る症候群という意味じゃなかったっけ?!」と、まるまる反対の意味でこの言葉を拝借しようとしてしまっていたのだった。

 

 たぶん多くの人が、日本料理よりも中華料理の方が味が濃いと思っている。けれど、それは日本国内の中華料理を考えてみたときの話ではないか。福州では毎日、一食10元から20元ぐらい(約160円から330円ぐらい)の食事で質素に暮らしていた。正直なところパンチの足りない味というか、ぼんやりとぼやけた薄味の料理が多かった。面线(にゅうめん)のスープはあっさりしていたし、红烧肉(ラフテー)もそれだけでご飯何杯もいける感じではない。四川系の料理や、炒め物を頼めば、味の輪郭ははっきりしているが、塩分のきつさや甘みの強さとはちょっと違うものだったような気がする。

 

 あるとき、私と同じく日本からきた留学生と、大学の食堂で定食を食べていると、彼女は「この味のないスープがきつい……」と言っていて、日本人としてはまっとうなご意見だと思った。中国の食堂で付いてくる無料のスープは、たいていほぼ味付けがなされておらず、何かの出汁をとったスープそのままが出てきたりする。 

 

 福州市での語学留学一年間では初級の中国語普通話を習得し、ここ数年の拠点である沖縄本島に戻ってきたのが7月中頃のことだった。自称・中華料理店症候群である私は、本家の中華料理店症候群とは正反対の症状を持っているので、身体の不調を感じたらすぐに壺屋の金壺食堂に駆け込んで白粥を食べたり(家でも白粥を作ることは増えた)、冷たい無料の水を拒むために魔法瓶の水筒に白湯を入れて持ち歩いたりしている。

 

 

アジアにおける”自由”?

武田氏(左)と筆者(右)によるトークの様子
武田氏(左)と筆者(右)によるトークの様子

 留学中は、我が人生においては珍しく読書する時間を多く割くことができ、自身の生きる今の”アジア”について、物思いにふけることが多かった。私と同時期に、短期で中国のいくつかの都市をリサーチしたアーティスト武田力氏(※1)と、中国滞在中にちょこちょこ連絡を取って情報交換をした。私が一時帰郷したタイミングで、武田氏と2人で中国についてざっくり語るトークを大阪で行った。(※2)

 

 武田力氏は、私と同世代である。彼は彼なりの方法で、日本が太平洋戦争終結までにアジア各地で犯してきた植民地行為について熟考し、アジア各地の人とどのような協働が可能になるか、模索している。ついでに言っておくと、私は表面的には、アジアにおける”カルチャー”を扱って記事にしたりインタビューしているが、目的はそのずっと底にある。アジアにおいて近現代つまり戦後から今まで、日本が近隣アジアに対して行っている差別的行為を、”カルチャー”の力を借りながら否定している。この21世紀にもなってアジアを「遅れている」と批判すること、「日本がアジアでNo.1」と思い込むこと、アジア各地の民俗文化への執拗なオリエンタリズムの要求、といったものの否定である。

 

 武田氏とのトークでは、どちらがその話を振ったのか、最後には「西洋とは違う、アジア独自の自由の定義」というデカすぎて収束不可能な話題へ突入し、時間切れ。時間のある参加者のみで、少しだけ近所の台湾料理店に行って食事をし、解散となった。

 

 このトークの際に、ある参加者の方が私と武田氏に「あの本に書いてあったことを思い出した」と言って紹介してくれた本が、與那覇潤著『中国化する日本 増補版 日中「文明の衝突」一千年史 (文春文庫) 』だった。アジアについて中国について、いろいろと普段から考えなければいけないことの多い私がこの本を読んでいなかったのはマズいなと思い、それからすぐに読み始めた。確かに、私があそこで話したかった、「私たちアジア人には、西洋からの押し付けではない、アジア人なりの自由っていうものがあるんじゃないかと思っている」と、漠然と話した内容に少しずつ強度補正をしてもらっているような感覚を、読み進めながら得ることができた。

 

 

中華圏を、俯瞰する。

 一様に皆が言うからこの例はもう使いたくないが、中国では、なんでも効率化されていく。スマホ決済が充実し、オンラインショップは極めて便利、食事の出前サービスもシェアバイクも、とにかく日本人にとっては目から鱗の、速く確実で満足度の高いサービスがたくさんある。しかし日本の人たちのあいだでは、なぜかそれを「中国、進んでる~!」と素直に認めない節があって、未だに人民服姿を想像されたり、「自転車多いイメージ」と笑われたり(今は人力自転車ではなく、排ガスの出ない電動バイクが主流)、そういったことを団塊の世代よりもっと下の世代が私に言ってきたりするからびっくりである。

 

 さて、これから、MSGの入っていない炒飯を作って食べようと思う。MSGとは、もともと日本人が発明したものである。日本発祥のMSGに原因があると疑われている症状を、「中華料理店症候群」と呼ばれてしまうのだから、中華料理屋の店主たちは困ったものだと当時憤慨していたかもしれない。少し東南アジアを旅行したことがあれば知っている人は多いと思うが、日本語の「アジノモト」は東南アジアの多くの地で同じ発音で通じる。ところが、これが、中国国内に行くと「アジノモト」では通じず、「味精」(ウェイジン)と中国語で言わなければ通じない。日本は「アジノモト」という日本語を東南アジアに広めることには成功したが、中国では成功しなかった。また、北京出身の友人談によると、現在中国では天然のうま味調味料が開発されており、若い世代を中心に「天然のうま味調味料」を使用することが一般的になってきているらしい。

 

 ここから始まるこの連載では、私が、どのようにアジアについて、特に中華圏について知り進めていくのか、過程を公開し、記録していきたい。良いも悪いも好きも嫌いも、いったんバラバラに分解して整理してみるように心がける。MSGも中華料理店症候群も、そのようにして考えてみる。特に、日本で生まれ育った私たちの世代は、ついついなんの根拠もなく、西洋なるものにマトモさを感じてしまいがちだ。

 

 ここで今後話題に上がるものごとは、例えばロック音楽かもしれないし、茶の文化だったりするかもしれないし、映画かもしれないし、そういう私たちの身近なものが基点となるだろう。身近にあるものを介して、今の中華圏を俯瞰していこうと思う。

 

 

2000年代に中国で発行されていたロック音楽雑誌『自由音楽』
2000年代に中国で発行されていたロック音楽雑誌『自由音楽』

 

 

※1 武田力(たけだ・りき)

アーティスト、民俗芸能アーカイバー。

とある幼稚園での勤務を経て、演劇に俳優として関わる。近年から自身での制作を開始。「糸電話」「警察署員の説教」「たこ焼き」など、演劇らしからぬ素材を作品に用いるが、それらは民俗芸能の構造に着想を得ている。また、過疎の進む滋賀県内のある集落にて継がれてきた六斎念仏の「継承」を担う。こうした相互的な民俗芸能との関わりから、社会課題を軽やかに観客と思考する作品を展開している。アーツコミッションヨコハマ2016, 17年度クリエイティブ・チルドレン・フェローアーティスト。http://riki-takeda.com

 

 

※2 『近代装置としての公園で語る、中国と日本 ー現代を「遊ぶ」ためのトークセッション 大阪・トコトコダンダン編ー』 https://www.facebook.com/events/386177691871142/

 

 

Ⓒ WAVE UNIZON, Kanako Yamamoto 2018

 

 

筆者プロフィール

山本佳奈子(やまもと・かなこ)

ライター。アジアのメインストリームではない音楽や、社会と強く関わりをもつ表現に焦点をあて、ウェブzine「Offshore」にてインタビュー記事を執筆。不定期に発行している紙のzineでは、エッセイを書く。尼崎市出身。2015年から那覇市を拠点とし、沖縄アーツカウンシルにて2年半勤務。2017年9月から約10ヶ月間、沖縄県と福建省の交流事業を活用し、福州市にて語学留学。 https://offshore-mcc.net